島の風に吹かれながら「気づく力」と「手のひら」の感性を育てていく、
新人セラピスト・宙の小さな成長物語。『そらいろスパ日和 〜宙のてのひら物語〜』がWEB上でスタート。忙しい毎日で少しだけ疲れた時に、そっと覗きにきてください。心も体も優しくほどけるような、そらいろの便りをお届けします。
Story04:薄荷色〜初めての優しさ
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窓のそばに飾った薄荷の葉が、そよ風に揺れていた。
ほんのりと清涼感のある香りが、朝の空気に溶け込んでいる。
宙は少し緊張していた。
今日は、新しく生まれた「そらいろコース」を、初めてお客様に届ける日だった。
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「ホームページで、このコースを見つけたんです。
うつ伏せがどうしても苦手で…でも背中もちゃんとケアしてほしくて…」
玄関でやさしく声をかけてくれたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。
声は穏やかだけれど、どこか迷いが混じっているように感じた。
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カウンセリングシートを見ながら、宙はそっと声をかけた。
「ご記入いただきありがとうございます。
こちらの備考にあるように、主治医からの許可もいただいているとのことですね。」
女性は穏やかに頷いた。
「はい。アロマトリートメントは昔から大好きなんです。
でも、数年前に胸の手術を受けてから、うつ伏せの圧迫が苦手になってしまって…。
それで、なんとなくトリートメントからも遠のいてしまっていました。」
「そうだったんですね…。
“そらいろコース”なら仰向けと横向きだけで進めますので、
圧迫感の心配もなく、背中もしっかりアプローチできますよ。」
その言葉に、女性はふっと安心したように笑った。
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ベッドの上。
仰向けになったお客様の表情は、カウンセリングのときよりも少しだけほぐれていた。
宙は、手のひらで呼吸のリズムを感じながら、そっと施術を始める。
デコルテ、肩、脚、横向きの背中、そして首元へと…
ゆったりとした流れの中に、宙の“てのひらの感性”が宿っていく。
(ちゃんと届いてるかな…。この手の中の想い。)
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施術が終わったあと、女性はそっと目を開け、
タオルの中から柔らかな声で言った。
「…想像以上に、背中がほぐれてびっくりしました。
しかも、まったく苦しくなかったです。」
宙は胸がじんと熱くなった。
「よかった…ほんとによかったです…」
女性はベッドから起き上がりながら、こう続けた。
「このコース…なんだか“私のため”って思えたんです。
やさしさが、全体に流れていて…。仰向けのままで、こんなに癒されたのは初めてです。」
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施術後、片づけをしている宙の背中に、光さんが声をかけた。
「今日の宙ちゃん、ほんまにプロやったね。」
「えっ…」
「うん。あの方の不安も、ちゃんと手のひらで包んでた。
“やさしさ”って、技術の先にあるってこと…今日、宙ちゃんの施術が証明してたよ。」
宙は、ちょっとだけ照れたように笑いながら、
またひとつ、自信の芽を心の中に植えた。
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風がまた、薄荷の香りをふわりと揺らした。
新しく生まれた「優しさ」は、ちゃんと届いていた。
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つづく。